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フィルムフェスティバルの存在を知り、2003年のBFFはどんな感じなのかというのを連絡したら、*1)主催者のBrendt(ブレント)から、すぐに「日本の作品が欲しい!」という連絡がきました。 「いや、まだ考えている段階だから」といって、結果的には何か作ろうということになって、その何かというのが「*2)MSGR-Holic」になったんです。その半年前に企画書を立てて、BFFの中心で全部の映像関係をやってくれている友人に相談にいったのが2003年の秋か夏だったかな。2004年の5月に作品は撮ったけど、2004年のBFFには結局間に合わなかった。2005年の2月に「MSGR-Holic」が発売になって、2005年にはBFFに出すということでニューヨークに送った。 ちょうどその時に、Brendtが秋に東京でやりたいと言い出して、、、それが始まりかな。
*1)Brendt Barbur・・・BFFの創設者及び総括ディレクター。ニューヨークで自転車に乗っていた時にバスに轢かれ、その経験をポジティブに活かしたいとの理由でBFFを始める。
*2)2004年に京都で開催されたメッセンジャーイベントを綴った日本初のメッセンジャードキュメンタリービデオ。
一柳氏(以下サトシ) : メチャメチャあったでしょ!
ヤナケン : 苦労っていうかわからないですけど、僕はこのイベントを刺激的に思いましたが、一般的には自転車文化とかカルチャーなんてものは無かったし、乗り手も今程多くない。 メッセンジャーだってアンダーグラウンドといいますか... だけど一般の人を巻き込まないと広がっていかないじゃないですか。
今だったら乗り手が増えましたが、最初は確証があって始めたわけではなく、楽しそうだからやってみる。
どうやったら、BFF見に来てくれるんだろうとか、自転車に乗る楽しさだったり、世間が自転車にシフトしていく為にはどうしていくべきか、みたいなのは考えていた時はありましたよ。
ヤナケン : 確か2000人だったかな、600人から一気に増えたには増えたんですよ。
サトシ : 2回目にして、完全にスタッフはイベントに呑み込まれた感じがありましたよね。
ヤナケン : Brendtのイベントなんですけど、Brendtが日本という国だったり文化をどう理解するか、そこのギャップが、埋まり切れていない中でBFFを運営していたので、、。
サトシ : お互いのコミュニケーションがあまりうまくとれていない状態で、イベント自体がとんでもないデカさになってきちゃって、収拾できないような感じはありましたね。
ヤナケン : そう、規模がドーンと増えたんですけど中がスカスカみたいな状態で、それでもう一度、2007年でグッと規模を縮小し、立て直したんですよ。
ヤナケン : すでにそういう雰囲気というのができ上がってて、会場に行くとそこでは一丸となってというのが普通になっている、ところがあると思うんですよ。やはり皆自転車が好きで、自転車の楽しさを広めたいと言う気持ちで繋がっているのかもしれません。
ある1つの道を塞いでイベントをやったりだとか、上映自体も多くの人が観に来てましたよ。
すごく面白いですけど、ただ僕らもニューヨークから送られてきた映像をこれまでずっと見てきたじゃないですか。正直、新鮮さは感じなかったですね。
今までBFF東京って、結局ニューヨークから送られてきた映像をそのまま流して、ニューヨークでの自転車文化プラス海外の自転車文化というのはこうなんですよというのを東京で伝える役目ではいたんですけど、多分今年から、それを受けて日本、BFF東京としては世界にむけてどんなことができるかとか、東京らしさっていうものはどんな物なのかっていうのを打ち出していったほうが、イベントとして面白いと思ってます。
昨年のオープニングパーティーにて行われた、BMXチーム「430」によるBMXパフォーマンス。写真の内野氏は今年、日本人としては初のBMX世界王者に! |
結局自転車乗っていないと、そのイベントには参加しちゃいけないみたいな雰囲気が出るのが嫌ですね。バイシクルフィルムフェティバルというイベントが、そもそもこういう考えでやっているイベントですという事が、様々な人に知られていくことが大事だと僕は思います。
ヤナケン : 自転車が身近だからいいんですよ。 子供からおじいさんまで、誰でも乗れるじゃないですか。男女も問わないし、家にもあるじゃないですか。
例えばスキーだったら行かないとできないとか、サーフィンだと海に行かないとできないとか、自転車はもうすぐ横にあるんで誰もが乗っていて、そういうところが浸透しやすいし広がりも持っている。 イベントのアイコンがたまたま自転車で、自分は自転車好き、あなたも自転車好き、で自分ができるのはこういう事、あなたができるのはこういう事というのをできる範囲で持ち寄ったらすごいことができる。だからビジネスとしてのニュアンスは薄いし、そういうネットワークの広がりのキーワードとして自転車がいいんですよ。
サトシ : ビジネスで考えちゃうと、スポンサーさんの事でも一業種一社とか色々あるじゃないですか、しがらみとか。そういうのをこのイベントでは無くしたいなというのはありますね。考え方一緒なんだし、みんな一緒に仲良くこのイベントはやろうよ、みたいな話でいけたらいいかなと思ってます。
ただ言えるのは、2005年で*3)MASHが初めて出て、06年に完成版も出て、07年はそれを受けて*4)FAST FRIDAYとか色々あったので、ストリートでの動きが全体的にあったと思いますが、今年もそういったストリート系のものもありますが、新しいかといったらもうそんなに新しさを感じないです。 逆にロードバイクの、結構いい感じでロードの世界を見せている作品というのが多いんですよ。あとダウンヒルの作品で、目が見えないんだけどダウンヒルやっているおじさんが出てくるのあるんですけど、映像がいい感じで映し出されて、ダウンヒルも楽しそうだなあって。
改めて広がりが、今年の作品は偏りが無く色々見れるラインナップになっているんじゃないかと思うんですけどね。
*3)SFのピストバイクチーム。2005年のBFFで初めてトレーラー版が公開され、世界に衝撃を与える。その後世界のピストブームの火付け役となる。
*4)MASHのクルーでもあるダスティン・クラインが中心となり発案された、毎月第一金曜日(FIRST FRIDAY)に開催されるピストバイク・イベントをまとめた作品。2007年のBFF東京にて世界初公開され話題となる。
世界中で色んな動きがあって作品になって、それがBFFにいち早く流れるんですよ。BFFを発表の場として世界初公開にしようっていうクリエイターさんもすごく増えてます。で、そこでうければ作品にするとか、DVDにするとかの動きがあります、トレンドとして見ることもできると思いますよ。世界のクリエイターさんがどういう意識でいるのかとか。
国内での音楽の動きだったり、アートの動きだったりっていうのをBFF東京で少しでも見せていきたいと思います。
それと今年は日本の作品を結構出します。 つまり日本ではこういう事が起きてますよ、という事を伝えたいなと。来年は日本ではなく、アジアレベルで考えているんですよ。アジアではこういう音楽、こういう自転車、こういうアートがありますってことを伝えたいですね。来年メッセンジャーの世界大会が東京であるので、そこともうまく結びつきながらやっていきたいなと いうのがあります。
サトシ : 日本と同様に、台湾だったり香港だったり、アジアのストリート自転車カルチャーていうのが近年かなり盛り上がってきているので、それを伝えたいです。
ヤナケン : 僕も以前考えたんですよ、カルチャーって何だろうって。
アジアって東南アジアや色んな所で自転車乗っているじゃないですか。自転車に乗ってる人口は多いんですけど、カルチャーと呼べるか?というと呼べないってなったときに、要素として何が足りないのか?というと、こっちにあってまだあっちにないものとか、何年か前の日本に無くて、ここ数年で出てきたもの、西洋にあって日本に無かった物は何か?っいうのを考えると、「単なる移動手段としての自転車」を超えて自転車から派生する音楽とか生活や衣食住につながるような物が有るか無いか?っていうことなのかな?みたいな(笑)。
サトシ : BFFみたいなイベントをやる力は各国にあると思います。今度はアジアでガンガンやっていかないかみたいな話をしていきたいと思います。どの国でも、僕より若い世代の人たちには面白い事考えてる人はたくさんいますよ。台湾、香港、韓国などなど、どんどんつながっていきたいですね。
ヤナケン : 何か東京のオリジナルを作りたいですよね。スタイルとか。
別に意識はしなくても、自然発生でいいんですけど、日本人は取り込むのはうまいじゃないですか、ああこんなのできるんだなと。それはそれで吸収するのはいいんだけど、それで終わってしまっては、ただまねをして楽しんで終わるということなんで、そうじゃなくてこっちの発信で向こうには無くこっちには有るオリジナルというものを伝えていきたいですね。
サトシ : まあ、今年はBMXで世界チャンピオンが日本人から出たり、メッセンジャーSINOも世界チャンピオンになったり、世界に誇れるチャンピオンが日本にいる訳ですよ。そんな日本を、世界中の人たちは間違いなく気になってるんですよ。 ?僕も、各都市のBFFの中でも、一番魅力のあるイベントしにしたいですね。BFF東京のプロデューサーとして、なんか面白い事やってるなというのを見せたい。
サトシ : 僕もあれはおすすめですね。是非観てもらいたいです。
ヤナケン : 以前からPUMAはニューヨークをはじめ、ワールドスポンサーっていうことでやってるんですよ。日本のPUMAだけじゃなく。 PUMAジャパンの僕らの担当者さんも、頻繁に本部のニューヨークと連絡とりあってPUMAの向こうの会社の考え方、コンセンサス に沿って接してくれてるんで、会社の考え方がすごく分かるんです。それでPUMAさんからの一緒にやって行こう的な感じがすごく伝わるから、そういう意味での感謝なんですよ。だからこっちも恩返しはしたい。お金出すからどうこうというのじゃなくて。
サトシ : 自転車は、結局自分で漕がなきゃ進めない、何か人生といっしょかなと。やらないと進まない。やって進むと何かいいことあるかも。例えば、自転車でツーリングしました、頑張って遠いところまでいってみました。すると見たことのないすごくいい景色が見える。そういうのが何か人生と一緒かなぁなんて。あと、いろんな自転車に乗って欲しいですね。色んな道を通って欲しいというか。自転車はまさに僕の人生ですね。
ヤナケン : いいねー。
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06.Bicycle Film Festival
バイシクル・フィルム・フェスティバル
http://bicyclefilmfestival.com/jp/
Interview by messengerbag.jp
Photo by Jun from messengerbag.jp
取材日:2008年7月27日
今年の開催があと一週間と迫った、NY発の自転車映画祭「Bicycle Film Festival」、通称「BFF」。
開催を目前に控え、緊張と期待感を膨らます、初代コーディネーターの柳川健一氏と、現コーディネーターの一柳聡氏のお二人に話しを伺った。 東京での開催に至った経緯や今年の注目作品、
アジアへと拡大する今後の展望などを語ってくれた。
フィルムフェスティバルの存在を知り、2003年のBFFはどんな感じなのかというのを連絡したら、*1)主催者のBrendt(ブレント)から、すぐに「日本の作品が欲しい!」という連絡がきました。 「いや、まだ考えている段階だから」といって、結果的には何か作ろうということになって、その何かというのが「*2)MSGR-Holic」になったんです。その半年前に企画書を立てて、BFFの中心で全部の映像関係をやってくれている友人に相談にいったのが2003年の秋か夏だったかな。2004年の5月に作品は撮ったけど、2004年のBFFには結局間に合わなかった。2005年の2月に「MSGR-Holic」が発売になって、2005年にはBFFに出すということでニューヨークに送った。 ちょうどその時に、Brendtが秋に東京でやりたいと言い出して、、、それが始まりかな。
*1)Brendt Barbur・・・BFFの創設者及び総括ディレクター。ニューヨークで自転車に乗っていた時にバスに轢かれ、その経験をポジティブに活かしたいとの理由でBFFを始める。
*2)2004年に京都で開催されたメッセンジャーイベントを綴った日本初のメッセンジャードキュメンタリービデオ。
一柳氏(以下サトシ) : メチャメチャあったでしょ!
ヤナケン : 苦労っていうかわからないですけど、僕はこのイベントを刺激的に思いましたが、一般的には自転車文化とかカルチャーなんてものは無かったし、乗り手も今程多くない。 メッセンジャーだってアンダーグラウンドといいますか... だけど一般の人を巻き込まないと広がっていかないじゃないですか。
今だったら乗り手が増えましたが、最初は確証があって始めたわけではなく、楽しそうだからやってみる。
どうやったら、BFF見に来てくれるんだろうとか、自転車に乗る楽しさだったり、世間が自転車にシフトしていく為にはどうしていくべきか、みたいなのは考えていた時はありましたよ。
ヤナケン : 確か2000人だったかな、600人から一気に増えたには増えたんですよ。
サトシ : 2回目にして、完全にスタッフはイベントに呑み込まれた感じがありましたよね。
ヤナケン : Brendtのイベントなんですけど、Brendtが日本という国だったり文化をどう理解するか、そこのギャップが、埋まり切れていない中でBFFを運営していたので、、。
サトシ : お互いのコミュニケーションがあまりうまくとれていない状態で、イベント自体がとんでもないデカさになってきちゃって、収拾できないような感じはありましたね。
ヤナケン : そう、規模がドーンと増えたんですけど中がスカスカみたいな状態で、それでもう一度、2007年でグッと規模を縮小し、立て直したんですよ。
ヤナケン : すでにそういう雰囲気というのができ上がってて、会場に行くとそこでは一丸となってというのが普通になっている、ところがあると思うんですよ。やはり皆自転車が好きで、自転車の楽しさを広めたいと言う気持ちで繋がっているのかもしれません。
ある1つの道を塞いでイベントをやったりだとか、上映自体も多くの人が観に来てましたよ。
すごく面白いですけど、ただ僕らもニューヨークから送られてきた映像をこれまでずっと見てきたじゃないですか。正直、新鮮さは感じなかったですね。
今までBFF東京って、結局ニューヨークから送られてきた映像をそのまま流して、ニューヨークでの自転車文化プラス海外の自転車文化というのはこうなんですよというのを東京で伝える役目ではいたんですけど、多分今年から、それを受けて日本、BFF東京としては世界にむけてどんなことができるかとか、東京らしさっていうものはどんな物なのかっていうのを打ち出していったほうが、イベントとして面白いと思ってます。
昨年のオープニングパーティーにて行われた、BMXチーム「430」によるBMXパフォーマンス。写真の内野氏は今年、日本人としては初のBMX世界王者に! |
結局自転車乗っていないと、そのイベントには参加しちゃいけないみたいな雰囲気が出るのが嫌ですね。バイシクルフィルムフェティバルというイベントが、そもそもこういう考えでやっているイベントですという事が、様々な人に知られていくことが大事だと僕は思います。
ヤナケン : 自転車が身近だからいいんですよ。 子供からおじいさんまで、誰でも乗れるじゃないですか。男女も問わないし、家にもあるじゃないですか。
例えばスキーだったら行かないとできないとか、サーフィンだと海に行かないとできないとか、自転車はもうすぐ横にあるんで誰もが乗っていて、そういうところが浸透しやすいし広がりも持っている。 イベントのアイコンがたまたま自転車で、自分は自転車好き、あなたも自転車好き、で自分ができるのはこういう事、あなたができるのはこういう事というのをできる範囲で持ち寄ったらすごいことができる。だからビジネスとしてのニュアンスは薄いし、そういうネットワークの広がりのキーワードとして自転車がいいんですよ。
サトシ : ビジネスで考えちゃうと、スポンサーさんの事でも一業種一社とか色々あるじゃないですか、しがらみとか。そういうのをこのイベントでは無くしたいなというのはありますね。考え方一緒なんだし、みんな一緒に仲良くこのイベントはやろうよ、みたいな話でいけたらいいかなと思ってます。
ただ言えるのは、2005年で*3)MASHが初めて出て、06年に完成版も出て、07年はそれを受けて*4)FAST FRIDAYとか色々あったので、ストリートでの動きが全体的にあったと思いますが、今年もそういったストリート系のものもありますが、新しいかといったらもうそんなに新しさを感じないです。 逆にロードバイクの、結構いい感じでロードの世界を見せている作品というのが多いんですよ。あとダウンヒルの作品で、目が見えないんだけどダウンヒルやっているおじさんが出てくるのあるんですけど、映像がいい感じで映し出されて、ダウンヒルも楽しそうだなあって。
改めて広がりが、今年の作品は偏りが無く色々見れるラインナップになっているんじゃないかと思うんですけどね。
*3)SFのピストバイクチーム。2005年のBFFで初めてトレーラー版が公開され、世界に衝撃を与える。その後世界のピストブームの火付け役となる。
*4)MASHのクルーでもあるダスティン・クラインが中心となり発案された、毎月第一金曜日(FIRST FRIDAY)に開催されるピストバイク・イベントをまとめた作品。2007年のBFF東京にて世界初公開され話題となる。
世界中で色んな動きがあって作品になって、それがBFFにいち早く流れるんですよ。BFFを発表の場として世界初公開にしようっていうクリエイターさんもすごく増えてます。で、そこでうければ作品にするとか、DVDにするとかの動きがあります、トレンドとして見ることもできると思いますよ。世界のクリエイターさんがどういう意識でいるのかとか。
国内での音楽の動きだったり、アートの動きだったりっていうのをBFF東京で少しでも見せていきたいと思います。
それと今年は日本の作品を結構出します。 つまり日本ではこういう事が起きてますよ、という事を伝えたいなと。来年は日本ではなく、アジアレベルで考えているんですよ。アジアではこういう音楽、こういう自転車、こういうアートがありますってことを伝えたいですね。来年メッセンジャーの世界大会が東京であるので、そこともうまく結びつきながらやっていきたいなと いうのがあります。
サトシ : 日本と同様に、台湾だったり香港だったり、アジアのストリート自転車カルチャーていうのが近年かなり盛り上がってきているので、それを伝えたいです。
ヤナケン : 僕も以前考えたんですよ、カルチャーって何だろうって。
アジアって東南アジアや色んな所で自転車乗っているじゃないですか。自転車に乗ってる人口は多いんですけど、カルチャーと呼べるか?というと呼べないってなったときに、要素として何が足りないのか?というと、こっちにあってまだあっちにないものとか、何年か前の日本に無くて、ここ数年で出てきたもの、西洋にあって日本に無かった物は何か?っいうのを考えると、「単なる移動手段としての自転車」を超えて自転車から派生する音楽とか生活や衣食住につながるような物が有るか無いか?っていうことなのかな?みたいな(笑)。
サトシ : BFFみたいなイベントをやる力は各国にあると思います。今度はアジアでガンガンやっていかないかみたいな話をしていきたいと思います。どの国でも、僕より若い世代の人たちには面白い事考えてる人はたくさんいますよ。台湾、香港、韓国などなど、どんどんつながっていきたいですね。
ヤナケン : 何か東京のオリジナルを作りたいですよね。スタイルとか。
別に意識はしなくても、自然発生でいいんですけど、日本人は取り込むのはうまいじゃないですか、ああこんなのできるんだなと。それはそれで吸収するのはいいんだけど、それで終わってしまっては、ただまねをして楽しんで終わるということなんで、そうじゃなくてこっちの発信で向こうには無くこっちには有るオリジナルというものを伝えていきたいですね。
サトシ : まあ、今年はBMXで世界チャンピオンが日本人から出たり、メッセンジャーSINOも世界チャンピオンになったり、世界に誇れるチャンピオンが日本にいる訳ですよ。そんな日本を、世界中の人たちは間違いなく気になってるんですよ。 ?僕も、各都市のBFFの中でも、一番魅力のあるイベントしにしたいですね。BFF東京のプロデューサーとして、なんか面白い事やってるなというのを見せたい。
サトシ : 僕もあれはおすすめですね。是非観てもらいたいです。
ヤナケン : 以前からPUMAはニューヨークをはじめ、ワールドスポンサーっていうことでやってるんですよ。日本のPUMAだけじゃなく。 PUMAジャパンの僕らの担当者さんも、頻繁に本部のニューヨークと連絡とりあってPUMAの向こうの会社の考え方、コンセンサス に沿って接してくれてるんで、会社の考え方がすごく分かるんです。それでPUMAさんからの一緒にやって行こう的な感じがすごく伝わるから、そういう意味での感謝なんですよ。だからこっちも恩返しはしたい。お金出すからどうこうというのじゃなくて。
サトシ : 自転車は、結局自分で漕がなきゃ進めない、何か人生といっしょかなと。やらないと進まない。やって進むと何かいいことあるかも。例えば、自転車でツーリングしました、頑張って遠いところまでいってみました。すると見たことのないすごくいい景色が見える。そういうのが何か人生と一緒かなぁなんて。あと、いろんな自転車に乗って欲しいですね。色んな道を通って欲しいというか。自転車はまさに僕の人生ですね。
ヤナケン : いいねー。
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